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企画展開催スケジュール

2014年9月17日(水)-9月24日(水)吉川三伸展
2014-08-31
《一九四〇追憶(二)》1976年作 30号
《一九四〇追憶(二)》1976年作
吉川 三伸 展 SANSHIN YOSHIKAWA
-日本の土に立脚したシュルレアリスム-
9月17日(水)-9月24日(水)
 
日本の土に立脚したシュルレアリスト  
「人に愛がなかったら生きることはもっと楽だ」1941年の戦時下、シュルレアリストが特高に理不尽な弾圧を受け、吉川三伸は名古屋・江川署に10か月間拘留された。これはその獄中での言葉だ。50年代には「ノーマンロード」と題された作品が多作されるが、それは文字通り「人のいない道」であり、彼によれば、無人で宇宙を突き抜けてゆくロケットのような「人間疎外の社会批判」が込められている。戦後には、貧困のなかで最愛の妻を亡くし、5人の子供たちを抱えて「逆境のなかでふとわが子をおぞましく」思ってしまった恐ろしい自分に身震いし、それゆえ彼は、人間の深淵にある生と死について深く考察し、「人はみな土に生まれ…土に消滅する」という考えにいたる。その土は「自分の周辺の土」、すなわち日本の土でなくてはならなかった。それが日本的思考を強めることになり、「穢土浄土」や民話シリーズに結実し、吉川の芸術表現のひとつの頂点を示した。晩年の10年、死の前年まで描かれた「一九四〇年・追憶」のシリーズは、冒頭に記した留置所での記憶が基となっている。独房の格子窓からは、時にはおぞましい視線が、時には美しい光が差し込んでいる。前者の強い視線は看守(社会)の狂気の眼であろうが、またそれは吉川自身の社会に対する告発の眼差しともとれる。一方、美しい光は、真に生きる自由を後世に繋ごうとする、彼の一条の光ではなかったか。彼は愛があるがゆえに、どんな状況下にあっても屈することなく、穢れることなく描き続けた。こうして吉川は、日本の土に立脚した唯一のシュルレアリストとなった。
村松和明(岡崎市美術博物館学芸員)
 
略歴
1911/名古屋市生 31~32/在東京。三岸好太郎らと出会う 36/アバンガルド12月展 37/トルピ展 38/独立美術展。ナゴヤアバンガルド展 40/美術文化協会展〈美術文化協会賞〉41~42/名古屋・江川署特高課に拘引 48/美術文化協会会員 53/抽象と幻想展―非写実絵画をどう理解するか(東京国立近代美術館) 58/第1回新象展 76/「一九四〇年追憶」シリーズを開始 85/逝去(74歳)
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